ひとひらの日記

日々の暮らし、思うこと

総裁選 戦争に進むか、運命の分かれ道

総裁選が間近です。

 

石破総理の辞任、本当に残念です。

石破さんがこんなに素晴らしい人だということ、今まで知りませんでした。

そして、石破さんの行い、思いを知れば知るほど、感謝と尊敬の念がたえません。

あの安倍政権下で、よくぞ今まで持ちこたえてくださったと、

誠実さを失わず、投げてしまわれずに続けてくださったと感嘆します。

 

先日の韓国訪問の際には、2001年に新大久保駅で転落した人を助けようとして亡くなられた韓国人の方のお墓参りをされました。

 

xより

 

涙が出ました。

深く感謝し、ご尊敬いたします。

お心、姿で示してくれるリーダーの存在は偉大です。

 

 

片や…。この対比…。

 

 

 

 

品格、人間性の違いが浮き彫りになっています。

 

国会でも、イキる〇〇に対して、丁寧に答弁していた石破総理。

それを、切り取り動画にして、自分が言い負かしたと図に乗る〇〇。

 

そんな政党を支持する〇〇が一番カナシイ。

 

ヘイトで分断を煽ったり、核兵器が安上がりとか、おかあさんにしてくれとか…、

勘弁してください。

 

 

話を戻して総裁選。

 

2020年の都知事選、これは運命の分かれ道と感じ、必死に選挙活動しました。

結果は地獄行きになってしまいましたが、

今回はその比ではないでしょう。

 

次期首相が誰になるかによって、日本は戦争に一気に進むことになる。

戦争の準備はもう数十年も前から着々と進められてきました。

沖縄が今どんな状態か。緊急事態条項や憲法改正の動き…。

もう戦争する前提なのです。

 

これをどうしたら食い止められるのか、流れを変えられるのか。

 

私たち一人一人の声が必要なのです。

戦争はいらないという声。

 

人は誰でも平和を望んでいる。そうでしょう。

でも本当に?

 

平和のために今こそ真剣に祈る時と思います。

 

でも今、本気で祈れない自分がいるのです。

 

戦争が起こるなんて思ってもいない人、

戦争が起きないように必死に活動している人をばかにする人、

 

石破さんのような誠実な政治家をこき下ろす悪徳政治屋

石破総理のような人と安倍元首相のような人を見抜けない無知で鈍感な人、

 

子供を産み育てながら、政治にまったく関心のない人、

子供を産み育てたことで、子供のいない人を下に見る人、

 

職場や学校のいじわるな人たち、

 

スピリチュアル系に傾倒し現実を見ない人、

(自分のため以外には何もしないくせに、

自分たちが祈ったから危機を回避できたのだと恥ずかしげもなく豪語するスピリチュアル系の人たち)

 

どうも私には怒りが内在していて、祈りに集中できないようです。

 

痛い目にあえばいい。 …そんな思いが湧いてきてしまうのです。

 

でも実際には、善良で弱い立場の人たちが苦しむことになるのでしょう。

 

なんとしても祈りを通じさせなければいけないと思います。

 

自分の中の思いをからっぽにして、全身全霊で祈りたいです。

 

人と食事するのが苦痛な理由

父から、「夕食はちらし寿司にするから刺身を買ってきて」と、頼まれて、

父の好きなサーモンとまぐろ、

母の好きなホタテとエビを買ってきた。

 

お昼ごはんに、父はまぐろの刺身を出して食べた。

まぐろの刺身は、父だけが食べる。

母と私は好まず食べないので。

 

私と母は、残り物のポテトサラダとお漬物と海苔。

それで十分なのだけど。

 

子どもの頃、父はよく夕飯時に怒っていた。

母は料理が上手くなく、ろくなものがないと怒鳴っていた。

母は料理が上手くないというより、

何年も毎日、父から暴言を吐かれ怒鳴られ暴力を振るわれ、

うつ状態だったのだと思う。

 

子どもの頃、夕飯時にいつものように父が怒鳴り、

母は、自転車に乗ってスーパーに出かけた。

私も急いで母の後を追って自転車を走らせた。

刺身を買って、店の外に出ようとしたら、激しい雷雨だった。

他の客が店の出入口に留まり様子を見る中、

母は外に出て自転車に乗った。

私は雨で不安な中、追いかけた。

 

激しく降る雨を見る母の横顔を今も覚えている。

怒りと悲しみと、絶望と諦めと…。

 

家を出る時も、店の中でも、家に帰ってからも、

母は私の顔も見なかった。声をかけることもなかった。

 

私は母が心配で、守りたかった。

だけど、母の助けにはなれなかった。

 

その日の夕飯のことは、あまり思い出せない。

父は刺身を食べたのだろう。一人で。

 

そして、今日も一人で刺身を食べた。

父と母と私、三人で昼食を食べながら、

ずっと昔の子供のころの記憶がよみがえって、

嫌悪感と悲しみ…で、いっぱいだった。

 

父は、そんな私の嫌悪感に気付いていると思う。

お刺身を、美味しく食べてほしいけど、

きっと美味しくなかっただろう。

 

いつもそう。ずっとそう。

幸せになることを拒んでいるみたいだ。

 

悲しい。苦しい。

 

子どものころから、どうしたらいいのか、ずっとわからなかった。

 

また、絶望している。諦めている。

 

時間が、月日がただ過ぎてゆく。

 

早く死にたいと、そればかり考えてしまう。

でも、死なない。死ねない。たぶん。

 

これを越えたい。

不可能に思えるけれど、きっと道はあるのだ。

何をどうするのか、わからないけれど、

生命を大切に生きる道。

すべてを愛おしいと、慈しんで、生を終えるまで生きる道。

年老いた両親との同居

 

こんばんは。

風薫る五月、新緑が美しく、そよ吹く風が気持ちいい季節ですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

父の入院を機に実家に戻り、親と同居して三ヶ月過ぎました。

父が死ぬかもしれない状態になり、自分の在り方を後悔、懺悔しましたが、

一緒にいると、

 

あぁ、私はああするしか仕方なかったのだな

私があのような性質になったのは、仕方のないことだったのだな

 

と思えます。

 

今朝は胃が痛く気持ち悪くなり、

子供の頃、若い頃、いつもそうだった、いつも具合が悪かったと思いました。

 

父といて辛いのは、父の認識の誤り。

娘を自分の所有物と思っていること。

娘を性的に搾取しても、暴力を振るっても、何をしてもいいと思っている。

 

母といて辛いのは、傷ついたままでいること。

いつも被害者。

 

父と母、兄といると、

早く死にたい、と思ってしまう。

いや、離れていても、そうだった。

父と母、兄の存在は、私の生きる気力を削ぐ。

 

必死に介護のことをしている間はよかったけれど、

回復したら元通り…。

 

潰れてしまわないよう、自分の心と身体のケアをしなければ

と思います。

 

 

こんな記事を読みました。

 

不登校「数を減らす意味ない」慶大教授が語る根拠 ほろ苦い記憶「不登校だった私を救ったもの」 | Lens―何かにモヤモヤしている人たちへ― | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

 

自分の味方をしてくれるお母さん。

こんな母親もいるのですね。

 

私の母は、いつも私を睨んで無視して悪口を言っていた。

教師が私を侮蔑した時も、教師の側についていた。

 

父が怒鳴り暴力を振るっても、

「近所に聞こえるからやめて」と懇願していた。

 

私が暴力を振るわれることより、

世間からどう思われるかを気にしてしまう母。

 

羞恥心、劣等感、苦しみ、悲しみ…

娘を悪者にすることで、乗り越えようとしていた。

可哀想なおかあさん。

 

死ぬまでに、すっきりとした気持ちになって、

心から幸せになることはできるのだろうか?

 

あきらめたくないけれど…。

 

ブログ再開・・・


こんにちは。

桜や花々が咲いて、春爛漫

新緑が美しく眩しく、気持ちのよい季節ですね。

お元気でお過ごしでしょうか。

 

毎日書こうと始めたブログですが、4年も書いていませんでした。

書けなくなったきっかけは、

都知事選の選挙活動を必死にして余裕がなくなったからでした。

 

4年前の都知事選、小池氏が優勢の中、宇都宮健児さんが立候補してくださり、

応援しよう!とした矢先、

山本太郎さんも立候補されました。

 

政策も人柄も実績も堅実な、宇都宮健児さんに都知事になってほしかったですが、

山本太郎さんの勢いにかける気持ちもあり、山本太郎さんの応援をしました。

 

退職して無職だったので、

連日、四ツ谷のボランティアセンターで電話かけを数時間、

ポスター貼り、チラシ配り、街宣でのビラ配り・・・、必死でしました。

 

都知事選、これはすごく大事な、大きな、最後のチャンス、

そんな気がしました。

 

勝算はあまり見込めなかったけれど、

やらないと後悔する、

そして、今後のためにも活動することには意義があると思いました。

 

結果は・・・

宇都宮健児さんと山本太郎さん二人の票を合わせても、

小池氏に届かなかった・・・。

 

失望しました。

 

なぜ都民は小池百合子氏に投票したのだろう?

なぜ多くの人は投票に行かなかったのだろう?

 

テレビは候補者の討論会を放送しませんでした。

マスコミは、大事な都知事選を無視して報じませんでした。

 

コロナ渦、テレビは連日、

感染に注意するよう呼びかける小池百合子氏を放映し続けました。

 

私の父は、はじめ小池氏に投票するつもりでした。

『小池さんでいいよ』・・・という感じでした。

山本太郎さんのことは、売名行為と決めつけていたので、

宇都宮健児さんのことを話すと、支持する気持ちになりました。

 

都民が、国民が、声をあげれば、

みんなが、政治の、候補者の真実を知り、たった一票投票すれば変わるのに。

 

悔しくてたまりませんでした。

 

そこから、身体が動かなくなりました。

連日の疲れが出たのだろうと休んでいましたが、

いっこうに気持ちも体も動かない。

 

ずっとこのまま、抜け殻のような、うつ状態から抜け出せないのではないかと焦り、

CBDオイルを買って飲んだりしました。

効き目はよくわからなかったけれど・・・。

 

落ち込んでしまった原因は、

子供の頃、父の暴力から母を守ろうと必死に助けようとしたのに助けられなかった・・・

その体験と、都知事選の活動が、重なるものがあったように思います。

 

全身全霊で、必死に行動したのに、助けられなかった・・・

それが、私の生きる気力を削いでいると感じます。

 

連日Twitterを活用していたことも、心身の負担が大きかったと思います。

 

そんなこんなで、4年もブログを書かないでいましたが、

自分の気持ちを書いてみようかな と、

そんな気持ちになり、吐き出してみました。

 

「話すことは放すこと」

ずっと、もやがかかったような、あきらめているような・・・

そんな状態を打破できたらと思います。

 

* * *

 

『AIタイトルアシスト』を活用したら、

下記のタイトルが・・・(^-^;

 

挫折と復活:都知事選とブログ活動からの学び

活動と経験:選挙活動と心の葛藤

勇気と決意:過去の傷と新たなスタート

 

AI、私の拙い、取り留めのない文章を読んでくれたんだね。

介護職をやめたいとき

山本太郎さんの会見を観て

ハートに火がついたのか

今日は

宇都宮けんじさん

山本太郎さん

の事務所を

はしごしてきました。

 

宇都宮さんの事務所では

公示日前に配る用のチラシ折りを少しだけお手伝い。

チラシを持ち帰り、ポスティングをしたのですが

マンションはオートロックで入れなかったり

「チラシお断り」の張り紙があったり…

あまり配布できず…

疲れて帰ってきました。

 

今までいろんなアルバイトをしてきたのですが

チラシ配りとポスティング、ついでにポスター貼りのバイトは

二度とやりたくない、つらいと思うナンバーワンかもしれません。

(お金にならなかったし…)

 

18日からは、これ以外のお手伝いをさせていただきたいと思っています…。

 

山本太郎さんや宇都宮けんじさんが都知事になられたら

介護施設は変わるのかな。

 

特にここ数ヵ月、介護のお仕事をされている方は

さらに大変だったことと思います。

私が勤めていた施設も、マスクなどの在庫はなかったから

きっとすぐに支給されなくなったんだろうなと察します。

 

介護の仕事をやめる時、もう本当に心も体も限界だったので

お給料を倍にすると言われたとしても無理でした。

 

今も無理して頑張っている人たちがいるのかと思うと

やめてもいいんだよって、言いたくなります。

 

やめられない理由はいろいろあって

つらいし大変だけど

楽しいこともあるし

やめて次の仕事どうするかとか

やめたら他の人が大変だとか

私がいなくなったらあの人が困る、とか

・・・・・

でも、もう限界で

このままだと体も心も壊れてしまう

 

思い切って退職を願い出て

引き止められやめられない

を何度か繰り返し…。

 

もう本当に無理で

退職届を出して、もうなんと言われても辞めてしまおうと思いました。

 

規約に退職願は3ヵ月に…と書いてあり 

3ヵ月前に退職届を出しましたが

3ヵ月前に出さないといけない法律はありません。

 

労働者の退職は原則として自由です。

雇用期間が決まっていなければ

会社側が同意しなくても退職できるのです。

 

(書類を残すことが大事です)

 

こわれてしまう前に、自分を大切にしてくださいね。

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ゆっくり休むにゃ

 

東京都知事選挙~山本太郎さんと宇都宮けんじさん

東京都知事選挙山本太郎氏が立候補!

 

会見を観て、心が動きました。

www.youtube.com

 

 

都民も、そうでない人も

私たちの今、これから、未来がかかっています。

 

宇都宮けんじをみんなで応援! | 宇都宮けんじ公式サイト 希望のまち東京をつくる会

 

山本太郎 東京特設サイト

 

 

私もできることをしていきます。

みんなで力を合わせていきたいです。

 

 

土井善晴さんが、ツイッターでこちらのお料理をあげていて

カッカした頭が、スーッと静まりました。

土井先生、ありがとうございます(*^-^*)

なすとじゃこを買いに行って

やきなすときりぼしをつくりました。

切り干しに、じゃこを入れたのは初めてです。

なすは焼きナスが最高だな、と思います。

 

もうすぐ夏至

大切な節目の時です。

 

早寝早起きして、心と体を整えます(>_<)

 

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おやすみにゃさい。

光っていたホームレスのおじさんと猫

今日も雨の匂いです。

体調がよくないと、不安な気持ちになります。

 

ネコメンタリー 猫も、杓子も』観ました。

(「ますむらひろしとモンとハテナとコマ」 )

広いきれいなお庭でくつろぐ猫、幸せそう。

 

私も赤ちゃん猫を拾って育てたことがあります。

猫、大好きです。

また一緒に暮らしたいな。

 

今朝は、こちらのツイートを観て、暗澹たる思いになりました。

 

あのごりっぱな都庁って

都民の、国民のためのものですよね。

 

黙認されていたことが、なぜ今このタイミングで?

 

こちらのコメントを読んで、あぁ…って。

 

私の父は肉体労働をしていて、とてもつらそうだったり

自分もいつホームレスになってしまうだろうと不安だったり

そんな境遇だからか

住む家がなく、暑い日も寒い日も路上にいて

お風呂も入れなくて、食べることもできない人たちのことを

子供のころから想っていました。

 

私は人とかかわることが苦手でしたので

支援の活動に参加するにも勇気がいりましたが

新宿で活動をしている人のところに行ったことがあります。

 

アマホロさんと呼ばれている日本人の方で

炊き出しを行っていましたが、人数が増えて賄えなくなり

街のごみ拾いに参加した人だけに食事を配る

という方法に変えていました。

 

早朝、待ち合わせをして、一緒に歩きながらごみ拾いをしました。

ごみ拾いを終えて、公園に行くと

ボランティアの年配の女性や男性が、楽しそうに料理をしていました。

 

ごみ拾いを終えたホームレスの方たちも集まってきました。

そのホームレスの方を見て、あまりにも光っているのでびっくりしました。

身なりもきれいで、ホームレスの方だとは、誰も気づかないでしょうし

本当に、後光がさすというか、お姿がピカーっと光っていたのです。

とても晴れやかな笑顔でした。

 

後にも先にも、あんなに光っていた人は見たことがない気がします。

 

ホームレスの方というと、思い出す人がいます。

会社に勤めていたとき

一日中建物の中にいるのに耐えられない私は

毎日近くの公園に行き、一人でお弁当を食べていました。

そこに、ホームレスのおじさんがいました。

 

そのおじさんは、公園に捨てられた猫を保護して可愛がっていました。

猫好きの私は、猫に近づきつつ

少しずつ、おじさんに近づいていきました。

 

おじさんは、すこしけんかっ早いところもあるようで

夜、公園に植えられている植木を盗みに来た人を

とっつかまえたりもしていたそうです。

 

猫はおじさんにあんずと名付けられ、可愛がられて、

あんずもおじさんを慕っているようでした。

華奢で可憐で、鳴き声も控えめで

心根の優しさがにじみ出る

ほんとうにかわいい猫でした。

 

会社の同僚たちにそのことを話すと

「やっぱりこの人変わってるな」

という感じで見られていたと思いますが

その内、猫好きな人が一緒に公園に来るようになりました。

 

そして、その人は、ホームレスのおじさんのことを

「全然臭くないんだよ。猫もかわいいの」

と同僚たちに話すようになり

他の同僚たちも、猫とおじさんに会いに行くようになりました。

 

そんなある日、あんずちゃんが子猫を二匹産みました。

でも、あんずはなぜか子猫の世話をせず母乳もあげませんでした。

 

どうしよう?手を出していいものか迷いましたが

弱っていく子猫を見て、ミルクをあげることにしました。

でも、子猫用のミルクを飲ませようとしても

すでに吸う力はないようでした。

 

次の日、おじさんのところに行くと

子猫は死んだこと、おじさんが手厚く葬むられたことを聞きました。

 

悲しかったけど、しばらくしてまた、あんずは子猫を産みました。

今度は、あんずは公園の、石が積み重なっている隙間の空間に

カラスなど天敵から子猫を守る安全な場所を見つけ

誰に教わったわけでないのに、ちゃんと育てていました。

 

一ヵ月ほどした頃でしょうか。

あんずは子猫を一匹ずつくわえて

おじさんに見せに連れてきました。

 

大事に、大切に育てられた子猫たちは

すくすくとかわいく元気に育っていました。

 

同僚たちも、子猫に会いに来ました。

しばらくすると、猫たちに目やにが出るようになりました。

どうやら目の病気になってしまったようでした。

 

病院に連れていくか迷っていましたが、一匹の子猫が死んでしまい

連れてゆくことにしました。

自分一人で行くつもりでしたが

同僚二人が一緒について来てくれて、お金まで一緒に払うと言ってくれました。

 

おかげさまで、猫たちの目の病気は治りました。

 

おじさんは、猫に目やにが出ていた時

なんと、ペロッと舐めて目やにを取ってやっていました。

 

私が赤ちゃんの時

父は私の鼻水をズズーっと口で吸ってくれていたそうですが…。

 

なんと愛情深いことかと思いました。

 

おじさんのところには、近所の人たちもよくたずねてきて

たくさんのおむすびなどを広げて一緒に食べたりもしていました。

公園の管理人さんも、おじさんを信頼しているようでした。

 

私は会社を辞めて、おじさんと猫たちには会えなくなりましたが

その後も、同僚たちはおじさんと猫のところに遊びに行っていました。

そのことが、とてもうれしかったです。

 

辞めてから一度、会いにいきましたが

華奢だったあんずは、まるまると太っていて一瞬だれかと思いました。

近所の方々が缶詰をあげるので、太ってしまったんですね…。

でも中身は変わらず可憐で優しいあんずでした。

 

もうこれも20年以上前のことなので、

あんずは天国に召されているでしょう。

おじさんは…。

 

しあわせでありますように。

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こちらはうちの仔猫です。